〜雪と氷と・・・〜
著:鋳月
冬の朝は、布団の中から出るのが非常に億劫です。
でも小さいころに「早起きは三文の得」という諺を覚えたので、ちょっとぐらい我慢して起きましょう。
ふわふわとして温かみを持った布団をめくり、私は上体を起こしました。
でも、刺すような寒さが身体に走り、また布団に包まってしまいました。
「うう・・・寒いよ・・・」
冬だからあたりまえなのですけど、それでもやっぱ辛いです。
しばらくこれと同じ事を繰り返した後、ようやく布団から抜け出すことができました。
まずはすぐに暖房を入れます。
古いストーブというのはスイッチをいれても火がつくまでになかなか時間がかかります。
もちろん、それを待つ間は寒いわけで。
「うう・・・寒いよ・・・」
さっきと同じような言葉を口にしながら、震えています。
さんざんもったいぶったストーブにようやく火がつき、一段落すると、ようやく着替えに入ります。
もちろん寒いのでストーブの前で着替えます。
あ、カーテンはまだ閉めてあるので見られる心配はないですよ。
着替えを終えると、朝食の準備です。
私のお母さんはしっかりもので、私のように布団でぐずぐずしないのでもう先に準備をはじめていました。
私は途中参加でお手伝いです。
料理は上手とはいえないかもしれませんが、昔から少しずつやってるのである程度はできます。
・・・まだまだお母さんには敵いませんけど。
「未夕、できましたよ」
「こっちもできたよ」
役割分担しているのですぐに朝食はできました。
こうして二人だけの朝食です。私のお父さんは小さい頃に亡くなってしまいましたから。
寂しいといえば寂しいのですけど・・・私のお友達には、両親が二人ともいない子もいるので贅沢は言えません。
「いただきます」
豪華ではないけど美味しい朝食を食べます。
すると、お母さんが私に話し掛けてきました。
「今日は雨が降るかもしれないから、外に出るときはあまり遠くに言っては駄目ですよ」
「はーい」
そういえば、昨日の天気予報でそんなことを言ってたっけ。
台所の窓から外を見ると、白い雲が空を全部覆っていました。
外も全体的に霧がかかっていて、なんとなく白っぽく見えます。
「本当・・・。天気崩れそう・・・」
特に出かける用事はないんですけど、私はこういう日に限って外出したくなるのです。
・・・あんまりいい性格ではないですね。
ちゃんと防寒着を着て、外に出ます。
去年買ってもらったダッフルコートはとても暖かいので、外を歩いてもあまり寒くはありません。
とりあえず行く先は、足の赴くままに海へ向かいます。
私の住んでいる町は海に面していて、海岸へいくと潮の香りがとても気持ちいいのです。
でもそれは大概夏場の話で、冬になると寒くて近づく人はほとんどいません。
私は人ごみが苦手なので、海は冬に行くことにしている変な子です。
海は家からそんなに遠くはありませんが、それでも歩くと15分くらいかかります。
途中の道では、年末を控えた大人の人達がさぞや忙しそうに歩いていました。
私も大人になればああいうふうになるのかな?でも私のお母さんはそうでもないし・・・
先のことはまだよくわかりません。
この町は都会でも、凄い田舎でもなく、生活には不自由しない所です。
どちらかといえば、町の規模は小さいほうですけど。
商店街のあるお店の一角に、子供達が集まって遊んでいました。
私よりはだいぶ年下の子達です。
みんなで集まって、おしゃべりしたりふざけあったり。
時には喧嘩もするのでしょうが・・・とても楽しそうな子供達です。
私には・・多くはないですけど、仲の良い友達が何人かいます。
でも、私の知り合いの一人に、全く友達のいない子がいます。
その子はちょっと不思議な子で、嫌な子ではないですけど、他人とほとんど会話をすることがありません。
唯一、私にはちょこっと会話してくれるけど・・・
でも、とってもいい子なんですよ、本当は。
海に着きました。ここは風を遮るものがないので、私のコートでも少し寒いです。
マフラーを巻きなおして、海岸から砂浜の方に行きます。
そこは夏場は海水浴場として賑わいますが、冬には犬の散歩の人がいるかいないかという程度です。
私は寒さを堪えつつ、砂浜に着くと、ゆっくりと辺りを見渡しました。
すると・・・
「あ・・・」
砂浜には、先客がいました。
私の良く知っている、お友達の一人です。
「・・・・」
その女の子はゆっくりとこちらへ振り向くと、無表情のまま私を見つめました。
綺麗な長めの髪の毛に、美しく整った顔立ち。
幻想的な世界の住人のようで、一見して冷たい感じのする少女。
その綺麗な目からは、まるで何も見えていないかのように・・・すべてに対して無感動な少女。
両親は死に、友達も無く、常に一人で生きている少女。
そして、私のことをよく知ってくれている少女が、そこに一つのオブジェのように立っていました。
「白井か。どうした?」
少女が私に聞きました。ちなみに白井とは私の姓です。
「ちょっと海に来たいな、って思って。耶苗ちゃんはどうしてここに?」
私が少女・・・耶苗ちゃんに聞くと、耶苗ちゃんは目線だけ海に移しました。
彼女は・・・この季節、この寒さなのに厚着している様子は皆無です。
薄めの服を2・3枚着て、下には長めで薄地のスカート。防寒着はいっさい着ていません。
姿だけ見れば、絶対に寒いと思うのですが、耶苗ちゃんはぜんぜん寒そうに見えません。
むしろその服装がとても良く似合っています。
「別に理由は無い」
以上で会話は終わってしまいました。
う〜ん、頑張って何か違う話題を探したいのですが、変なことを聞いて気を悪くさせてもいけませんし・・・
そんな風に私があれこれ気を悩ませていると、耶苗ちゃんがすっと私の前まで歩いて来ました。
「白井の家は、ここからどれくらいかかるんだ?」
「え、えっと・・・15分ぐらいだよ」
さっきここに来るのにも、詳しい時間はわからないがそれくらいかかったと思う。
確か耶苗ちゃんの家のほうが、ここから近かったような気はするけど。
「そうか・・・なら、そんなに問題無いな」
「え?何が?」
いきなり話を振られても、先が見えてきません。
「白井、30分ぐらい時間に余裕はあるか?」
「30分?うん、大丈夫だよ」
お昼までに帰ればいいので、私は頷きました。
「ちょっとついてきてくれ」
「?」
耶苗ちゃんはそれだけ言って、砂浜から道路のほうへ出ていきました。
私も急いでそのあとを追います。
耶苗ちゃんと道を歩く途中、川にかかった橋を通りました。
忘れません。ここは、夏祭のときに耶苗ちゃんと待ち合わせをした場所です。
結局その日、私は体調をくずして入院してしまいましたから、行くことはできませんでした。
でも、耶苗ちゃんはずっと待っててくれたそうです。
私は、前を歩く耶苗ちゃんの背中を見つめました。
彼女は、学校では皆から「近寄りがたい」とか「怖い」とか言われています。
でも、絶対にそんなことない。
私は知ってる。耶苗ちゃんは、凄く優しい人だって。
「・・?どうした?私に何かついてるのか?」
真剣な表情で背中を見つめる私を、耶苗ちゃんが怪訝な表情で見ています。
「あの、ここ・・・夏のときは本当にごめんね・・・」
すると耶苗ちゃんは軽く溜息をつきました。
「お前な・・・謝るな、と何度言ったらわかるんだ?・・・忘れたわけじゃないだろう?」
あ、そうだった。
耶苗ちゃんは、謝られることを凄く嫌います。
耶苗ちゃん曰く、謝るのではなく、お礼を言うほうが気分が言いそうですから。
「あ、そうだった。待っててくれてありがとうね、耶苗ちゃん」
「・・・ああ、どういたしまして」
少し赤くなって耶苗ちゃんはまた前を向いて歩き出しました。
意外にかわいい面もあるんだなとおもって、私はばれないように微笑みました。
「ついたぞ」
耶苗ちゃんが言うと、そこは小高い丘の中腹にある池でした。
魚とかは見たこと無いですが、水は澄んでいて綺麗な池です。
「・・・白井」
「何?耶苗ちゃん」
私が耶苗ちゃんに返事をしようとすると・・・
ポンッ
背後から不意に、耶苗ちゃんに軽く背中をおされました。
軽くといっても、私は完全な無防備。
そのまま池の中へ・・・どぼんと・・・・
しかし、私は池の上で踏みとどまりました。
すっと後ろを向くと、耶苗ちゃんが薄く笑って私を見ています。
「うう・・・酷いよ・・・」
しかし良く考えてみると・・・池の上で踏みとどまる?忍者じゃあるまいし。
「よく足元を見てるがいい」
耶苗ちゃんの声にしたがい足元を見ると・・・池の表面であるはずが、まるで曇りガラスのように固いものでした。
しゃがんで触ってみると、痛みに近い冷たさが肌に伝わってきます。
「これ、凍ってるの?」
「そうだ」
私の質問に、耶苗ちゃんは頷きました。
「この池は不思議で、毎年この日に表面が凍るんだ。
・・・奇しくもそれが私の生まれた日でな。物悲しいものを感じるんだよ」
え、ということは・・・
「耶苗ちゃん、誕生日おめでとう!」
「いや、言いたいことはそれではないんだが・・・とりあえず礼をいう」
耶苗ちゃんは少し恥ずかしそうにも、微笑みながら言いました。
耶苗ちゃんのことだから、きっと否定的なことを言いたかったんだと思います。
彼女の思いは暗く、冷たく・・・本人がわざとそれを意識しているから。
無感動な性格、無機質な人生、それを彼女は自分自身と重ねて、気負いしすぎていると思うの。
・・・耶苗ちゃんの言いたいことと私の言いたいことは違う。
私は耶苗ちゃんの傷を掘り出したくない。ただ、一緒に笑っていたい・・・
だから、私はそれだけ言いました。
誰か一人でなく、皆が楽しくなれるほうが・・・私は嬉しいです。
「でも、凍った池っていうのも綺麗だね」
「ここは凍っていなくても悪くないけどな」
二人で池の上にたって、氷面にぼんやり映る自分を見ます。
悲しいような楽しいような表情をしている自分。まるで私のこころの中のようです。
すると、頬に冷たい感触だありました。
なんでしょうか?
「ん・・・、雨か?」
耶苗ちゃんも気づいたようで、空を見上げています。
雨・・・そういえば、お母さんが言っていたような気がします。
「危険だな。早々に帰ったがいい」
「そうだね・・・」
私も空を見ました。
天上から、粒が落ちてきます。
・・・
やけにゆっくり落ちてきます。
「耶苗ちゃん、あれ・・・雨じゃないよ」
「ああ、今わかった」
それは、雪でした。
白い粉のような雪が、ふわふわと辺りに漂い始めます。
「わぁ、綺麗だね・・・」
私は上を見上げながら、感嘆しました。
「なんか、ありがちな展開ではあるがな・・・ま、池が凍るぐらいだから当然か」
耶苗ちゃんも空を見上げています。
雪は少しずつ地面に積もり、溶けずに大きくなっていきます。
「でも、耶苗ちゃん。・・・こういう『ありがち』なら良いって思うでしょ」
「ふふ、確かにな」
ゆらりゆらりと舞い落ちる雪。私達の視界をだんだん白く染めていきました。
「ただいま、お母さん」
「お帰りなさい・・・ご飯できてますよ」
私は家に帰ると、部屋でコートを脱いで台所にいきました。
昼食はお母さんの自家製スープ。とっても温まります。
「いただきます!」
「どうぞ・・・」
私は昼食を食べ始めました。
その様子を見ていたお母さんが、私に聞きました。
「未夕、何かいいことでもあったのですか?」
「え?」
「とても幸せそうですよ」
「うん!」
友達が幸せになると、私も幸せ。
耶苗ちゃんは帰り道で、私に礼を言いました。
「どうしてお礼を言うの?」と聞くと、「今日は楽しかったから」だそうです。
「それは私のおかげなの?」と聞くと、「そうだ」と言いました。
私なんかで耶苗ちゃんの役に立てたなら、私はとっても嬉しいです。
澄んだ池は凍ったりしても、その美しさはそのままです。
人も、その人を知れば、きっといい人だとわかるはずです。
私にはお父さんがいませんけど・・・
優しいお母さんや、優しいお友達の耶苗ちゃんがいてくれるから・・・
私は、幸せです。
後書き
クリスマスにはまだ日がありますが、当日に書いていても遅いので・・・
今年も残り僅かとなりました。皆さん、お体の方はご健康であられるでしょうか?
私、鋳月は大した病気もせず、今年は乗りきれそうなのでよかったと思っております。
今年の冬は・・・あんまり寒くないと思うのは私だけでしょうか?
温暖化が原因なのでしょうかね・・・
ちょうど試験も終わりましたし、またオリジナルですが読みきり短編小説をお送りします。
・・・夏に贈った暑中見舞いを持っているかたは、それと関連して読まれるとより伝わるかと思います。
舞台は夏の町です。ちょっと田舎です。
主人公は『白井未夕(しらいみゆう)』
耶苗ちゃんと同級生で、おとなしく優しい子です。
・・・いい子ですよね。
気が弱いけど、でもしっかりもの・・・健気です。
お友達は『佐原耶苗(さはらやなえ)』高校生ぐらいですが、
ずいぶんと冷めた子をイメージしました。
・・・今時、いませんよね。
喋り方も女の子らしくないです。
でも、著者は結構気に入ってます。
今回は「内と外」を重視して書きました。
人の心が雪をつかってどれだけ表わせれたか・・・読者様にお任せします。
では。
寒いですけど、がんばりましょうね。
この小説を読んで、少しでも感動していただける方がいるなら・・・
私は、幸せです。
2002年、冬 著:鋳月 HP・・・ http://wakazura.fc2web.com/
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