〜夏花火〜

著:鋳月


 光。

空の色が反転し、轟音と閃光をたてる。

しかし時刻はもう夜。普段なら迷惑この上ないが、今日は誰にも咎められる事は無い。

・・・素直に”綺麗だ”と思えるのはこの日が年に一度しか来ないからだろうか?

この、夏祭りが。

 

 私の住む町は、大きくはないが田舎でもない。

どちらかといえば小さい規模にはいるが、それでも生活に不便を感じることは無かった。

海に面していて、この時期は海水浴も盛んになる。

そんな八月某日のことだった。

 


 

 八月というのは決まって学校が休みになる。

だからいつものように”あんな所”へ行く必要がないのだ。

そう、周りで騒ぎ会う”他人”の海の中へ入る必要がなくなる。

そういうことも含めて、私は夏が好きだった。

 

 

 私の親の寿命は短かった。

父は金の横領かなんかがばれて自殺。私がまだ小学校に入るかどうかのころだっただろうか。

母は私が12のころ、新しい男とどこかへ消えた。その後はどうなったか知らない。

もともと親子の関係なんて形式上でしかなかったから、寂しいなどとは思わなかった。

ただ気にかけたのは経済面だが、親戚のお婆さんが預かってくれることになり、今までそこで世話になっている。

このお婆さんとは特に会話が無いが、私はこのほうがありがたかった。

私は、他人というものが嫌いだから。

 

 

 話が逸れたが、八月某日。

私は早めの昼食をとったあと、海に行くことにした。

もちろん、泳ぐ気などさらさら無い。

あの”人で汚れた水”を、一度見てみようと思ったから。それだけ。

 

 いかにも古そうな引き戸を開け、私は家から外に出た。

出るとすぐに夏場の熱気に襲われたが、汗など微塵も出なかった。

そのまま田や畑沿いの道を歩き、海まで向かう。

海は家から近い。歩いて十分もしないだろう。私はわざと大通りを避け、そういう道を通った。

そのほうが近いし、なにより人と会いたくなかった。

 

 やがて視界が開け、海が見えた。

砂浜のいたるところに派手なパラソルがささり、海は人で染まっていた。

海の家というこの時期のみの店も見える。繁盛しているようだ。

そんな光景を私はさぞ冷めた目で見ていた。

・・何が楽しくてあんなとこで泳ぎたがるのだろう。

・・どうして他人の入った水に自分を埋めることができるのだろう。

海を汚しているその奇怪な人間たちが、私の目にはまるで蟻のように見えた。

海が塩辛いのは・・・ひょっとして人間の汗が染み込んでいるからではないのか?

 そんなことを考えて数分が過ぎていた。

そのときだ。

 「あ、耶苗ちゃん?」

・・・名を呼ばれた。

佐原耶苗・・・たしかそんな名だったな、私は。

私に話しかけてくる人間など学校でもいないが、それは確かに私の名。

ゆっくりと振り向くと、そこには小柄な少女が立っていた。

 「何してるの?」

それは同級生の白井だった。

興味を失った私は質問に答えようともせず、そのまま海に視線を戻した。

 「海・・・人がいっぱいだね」

それでも食い下がるように、この同級生は私の隣に立った。

白井未夕。記憶によると、彼女は学校でも大人しい性格の少女だったはずだ。

放課はよく席で読書をしている。もちろん、私と会話したことなど無い。

というか、学校で私と会話をした人間なんて思い当たらないが。

 「この町も、いつもこのぐらい活気があればいいのに」

冗談じゃない。私は思った。

あんな奴らで溢れる町なんて、一週間だろうといたくない。

 「こんなに暑くても、海なら涼しいのかな・・・」

白井の独り言が続く。いや、正確には、すべての台詞は私に向けられているようだ。

私は他人が嫌いだ。とくに意味も無く騒ぎ立てる奴とかが特に。

その点、白井なら隣に立っているだけなら苦にならない。

しかし、こう絡まれるとだんだん気が悪くなってきた。

私は嫌気が刺してその場を去ろうとした。

 

 「海・・・行きたいな」

 

白井が、ぽつりと呟いた。

その言葉だけは私へではなく、本当に独り言のようだった。

 「・・・やめておけ」

なぜだかそのときは分からなかったが、私はそう口にしていた。

 「あそこはお前が思うようなところではないだろう。行っても苦に思うだけだ」

だったら行かないほうがいい。

それが採るべき選択だろう。

 すると白井は、なぜだか急に笑顔になった。

 「良かった・・・」

 「・・・何が」

私は訝しげな目で白井を見た。

この無垢な瞳の少女は、私を笑顔で見つめて言った。

 「お話ししたの、初めてだよね」

・・・確かに・・・そうだ。

私にとって、何年ぶりのプライベートの会話だろうか。

 「耶苗ちゃんのこと、みんなが”怖い”っていってるけど、そんなことないよ」

白井は控えめな性格で友達も多くはないが、”いない”私よりはいることは確かだ。

それにしても私は他に”怖い”と思われているのか・・・。

そう思われているなら構わない。むしろ負の感情をもってくれたほうが、避けてくれるのでありがたい。

 「男の子も”佐原は美人だけど近寄りがたい”なんて言ってるの。変だよね」

私が美人かどうかは別として、とにかく嫌われていることはわかった。

しかし、どうやらこの少女は私を嫌っていないように見える。

 「ところで・・・どうして海にいっちゃいけないって思うの?」

答える必要も無いが、ついでなので口を開いた。

 「見れば分かるだろう。あそこは蟻の巣だ。群れた輩の場だ。汚染された水辺だ」

 「・・・大丈夫だよ」

 「何が?」

思わず聞き返してしまった。

普段の私ならこうまでして他人に付き合うことなどないのだが・・・

 「私が海で泳ぐの、いつも冬だから」

・・・

・・・

・・・何?

 「私、あんな人が多いとこには行けないから・・・ちょっと寒くても、誰もいなくても、冬にひとりで海にはいるの。
  ・・・だからよく体壊しちゃって、学校休んで、でもまた海に行って・・・あはは、馬鹿だよね・・・」

なおも「馬鹿だよね・・」を白井は繰り返している。

人はこの発言を聞いてどう思うのだろうか。

彼女は、この光景からすでに”冬の海”を見ていたのだ。

目の前の物にとらわれない視野。むしろ感動的ですらあった。

 「自分を勝手に評価するな。人間の価値なんて見る者によって様々。それこそ十人十色。
  お前が自身を馬鹿だと言ったが、私はそうは思わない。むしろ興味を持った。
  ・・・これは先にお前が私に言ったことだろう。”そんなことはない”それだけだ」

ただ思ったことを口にする。

それでも、白井はまた笑顔になった。

 「やっぱり、耶苗ちゃん・・・ほんとは優しいんだね」

 「断定するな。私は一時的に生じた感情を語ったまでだ」

なんだかんだ言って、結局それなりの会話になってしまった。

まったく・・・おかしなものだ。

 

 

 少し話し込んで知ったこと。白井は母子家庭らしい。

なんでも、彼女の父は元警官で・・・殉職したそうだ。

 「寂しくはなかったか?」

 「寂しかったよ。凄く。でもお母さんがまだいるし、私が悲しんでばかりじゃいけない・・・って思ったの」

母か。

父が死んだとき、私がもう少し明るく振舞えば、私も母と今頃一緒にすごしていただろうか。

 「耶苗ちゃんは、両親がいなくて寂しくないの?」

 「寂しくない。いたときのほうが不快だった」

きっぱりと言う。

私のことなのに、なぜか白井のほうが悲しげな顔をした。

 「・・・両親のこと、嫌いなの?」

 「嫌いというか、私は自分以外の人間には皆同じ気持ちしか抱かない」

 「・・・」

白井は俯いた。

気を悪くさせただろうか。

 しばらく無言だった。

やがて、白井の方から口を開いた。

 「耶苗ちゃん、花火・・・好き?」

 「嫌いではない」

唐突な質問だが、私はさらりと答えた。

夜に空へ散る火花。まるで人生のようで気に入っていた。

 「私も、花火は好き。遠くからでも、周りに人がいないところで見れるから」

その点も同感だ。

ただ私の場合は『他人嫌い』で、白井の場合は『人ごみが苦手』ということだが。

 「もうすぐ、夏祭りがあるよね・・・」

 「ああ。毎年やっているからな」

そこでしばらく沈黙が訪れた。

もっとも、私からは話しかけることが少ないので、白井が口を開かないとどうにもならない。

 空を見ると、すでに日は少し傾いていた。

時刻的に三時くらいだろうか。

海に来ていた人も、そろそろ減り始めている。

 「ねぇ、耶苗ちゃん・・・」

白井が、口を開いた。

 「一緒に・・・夏祭り・・・行こう・・・」

・・・

正気だろうか。私に誘いをかける人間などいるとは思わなかった。

白井は私のことを友達だとでも思っているのだろうか。

 「耶苗ちゃん・・・いい?」

彼女の瞳は澄んでいた。

そして、その奥には”悲しさ”が見えた。

 

 幼い少女がいた。

彼女はよく笑った。心のそこから笑った。

しかし、人間が崩れるのは簡単だ。

少女の父親が死んだ。彼女の母親はまるで生気を失った。

少女は悲しかった。でも母親を悲しませたくなかった。

少女は母親の前でも、他人の前でも、自分の前でも決して悲しい顔を見せなかった。

いつも笑った。

そして、少女の母も、次第に落ち着きを取り戻していった。

家庭も安定し、とくに変わらぬ日々が送れるようになっていた。

・・・少女の心以外は。

 

 「・・・」

 「・・・・駄目、かな?」

白井は私をまっすぐ見ている。

その視線が痛かった。

 私は眼を通して他人の脳を”見てしまう”のだ。

”見える”のでなく”見てしまう”。他人の重苦しい過去を。

自分の父が欲望に刈られて悪に染まっていくのも。自分の母の心が荒んで、男に寄っていくのも。

眼を通して、いつも感じることができた。

日に日に増していく荒れた心。それを無理やり見せつけられる自分。

いつしか、私は他人に心を開かなくなった。

人を見ることをやめ、世間に背を向け、そして自分にすら背をむけていた。

しかしこの少女を見ていると、どうも気持ちが揺らぐ。

 「・・・耶苗ちゃん・・・どう?」

 「・・・」

 「・・・」

 「花火だけなら」

 「えっ!?」

 「花火を一緒に見るくらいなら構わない」

 「本当!?ありがとう!」

白井は何が嬉しいのか、その場で飛び跳ねた。

 「花火ぐらい、毎年見れるだろうに・・・」

そう思って呆れたが、次の瞬間に視界に入ったのは一人木の上でじっと花火を見上げる少女の姿だった。

 

いない父親。働きに出ている母。少ない友達。

少女は今日も、悲しみをこらえて一日を過ごしていた。

すると夜になったとき、空で音がした。花火だ。

少女は庭の木に登って、一心にそれを見つめた。

轟音とともに弾け、美しい花を開いて落ちて行く花火。

その身に何を隠すでもなく、ただ自分の思いを伝えている様。

不意に、少女の目から涙がこぼれた。

少女は焦ったが、拭いても拭いても涙はとまらない。

・・少女は、知ってしまったのだ。

自分が無理に背負っている”悲しみ”と、それに耐え切れなくなっている自分を。

少女は、白井は、それでも一人で花火を見るしかなかった。

・・・

 

 

 「・・・耶苗ちゃん?」

・・・しまった。また他人の過去を見てしまった。

 「どうかしたの?」

 「ん・・・。いや、なんでもない」

意外と厳しい日々を過してるんだな、白井も。

 「で、花火を見に行くんだな」

 「うん! じゃあ・・・七時にあの丘の近くの橋のところで待ち合わせしよ」

 「あの丘で?」

 「ちょっと離れるけれど、よく見えるんだよ」

そんなものなのか?

まあ、毎年音を聞くだけだから、実際に見たことは無い。

だからここであれこれ意見する気はなかった。

 「じゃあ、約束だよ」

 「ん。わかった・・・」

 

別れ際、白井はいつまでも手を振っていた。

まるで子供のようだ。十五・六の娘がはしたない・・・。

そんな風に思いつつも、私は頬が緩んでいた。

・・・久々に、”楽しい”一日だった。

 


 

 その後日。夏祭りの日だ。

私は約束時刻の十五分前に橋のところまで来た。

さすがに早かっただろうか、白井の姿は見えない。

 橋の手すりにもたれかかって待つことにした。

下を流れる川は、下流にしては意外に綺麗でよく見ると魚の姿も見れる。

ただ、すでに暗くなってきているので今日は無理そうだが。

 丘へ続く道は橋のすぐそばにある。

ここから十分も行けば小高い丘にでる。

今のところ通った人は見かけてないので、白井の言うとおりなら二人で静かに花火が見られることだろう。

・・・

・・・

時間が経った。

時計は持ってきてないが、すでに七時は越えているはずだろう。

時間を間違えてるか、何かに手間取っているのか・・・

でも、そのうち来るだろう。

 

 辺りは暗い。

私はずっと橋に立っていた。

頭上ではすでに『ドォン』という音が連呼している。

この位置でも花火の閃光が少しだけ見れるので、白井が言うとおり丘の上ではさぞかしよく見えるだろう。

 ドォン

花火が鳴る。

私はなぜここにいるのか。白井を待っているから。

白井はまだ来ていない。騙されたか?ありえない。

彼女はそんな人間ではない。・・・そのはずだ。

何より、白井は今まで独りで花火を見てきた。

なぜ私に声をかけてきたのかはわからないが、それでも白井のためになるなら協力してあげたい。

彼女はボロボロだった。

もう、ボロボロだった。

 

 

 

 空では星が輝いている。

すでに花火の音が聞こえなくなってから数時間が過ぎていた。

それでも私はここにいる。

人と”待ち合わせ”した場所――。

そんな場所は初めてだ。絶対に、ここにい続けたかった。

彼女がくるまでは。

 

 

 幼い少女がいた。

家庭の傷が治ってきても。

少女は”悲しみ”を表に出せないまま、心の奥に閉ざしてしまった。

それは、深く悲しい心の障壁。

少女は誰にも語らなかった。

母はもちろん、友達にも。他人にも。

それが障壁。

・・・

心の傷は、彼女の身を確実に蝕んでいた。

病は気から。その症状は身体に現れ始めた。

普段は正常。顔色もいいが、一度発作が起こるとすぐに病院で手当てを受けねばならなかった。

もちろん病気の根本の原因を、医師がわかることはなかった。

心の、傷は。

・・・

少女は諦めていた。

自分はこのまま、笑って笑って、笑いながら死ぬ・・・それでいいと思っていた。

しかし、それは本当に幸せなことなのだろうか。

そんな少女と同じクラスに、ある不思議な女子がいた。

いつも誰とも話さない。常に視線を逸らせている。

見た目は綺麗な人。でも心は・・・まるで抜け殻のような人だった。

でも一瞬・・・学校で、たまたま視線が合ってしまったときがあった。」

少女は内気なのですぐに視線を逸らせた。

一方、相手は・・・

そのとき、優しい眼をしていた。

抜けた心の奥にある、この人の真実。

この人は、人の心の傷を知っている・・・少女は感じた。

・・・

夏休み。

少女は海辺の見える道を歩いていた。

人の賑わう夏の海。少女の知る冬の海が、ひどく悲しいものに思えた。

そのとき、道で海を見つめて立つ女性がいた。

彼女だ。心の傷を見てくれる人。

諦めかけていた少女は、最後の意志を持った。

そして、それにかけた。

ありったけの勇気を振り絞って、内気な少女はその怖そうな女子に声をかけた。

 

 『あ、耶苗ちゃん?―――』

 

 

白井は、来なかった。

 


 

 その翌日。

私は眠い目をこすりながら、道を歩いていた。

暑いようだが、当然汗は出ていない。

体が暑いとさえ思わなければ、この程度大したことは無い。

それよりも、よほど気がかりなことがあった。

 

 白井は先日、家で倒れたらしい。

そして夜中ずっと集中治療室に入っていた。

私が帰りたての眠い顔で家に帰り、程なくして連絡網でそれを聞いた。

もちろん、すぐに家を飛び出して病院に向かっている。

詳しい容態は聞いていないが・・・大丈夫。信じているから。

他人を信じる、か。一昨日までの私では考えられないことだ。

でも白井は私を信じてくれた。ならば私は、それに背を向けることはできない。

 

 そして病院についた。

 

 入り口の受付で尋ねると、白井の部屋はすぐにわかった。

階段を二個とばしで駆け上がる。

廊下はさすがに走るわけには行かないから、早歩きで駆け抜けた。

 部屋の前に、『白井未夕様』と、冷たい字で書かれた表札があった。

白井の母らしき人は見当たらない。ならば、もう部屋にはいったということだろう。

面会謝絶はとかれたようだ。ならば容態も落ち着いたと考えてよいはずだ。

私は一旦は躊躇したが、やがて思いきって戸を開けた。

 

 

 中央にベッド。左に医者。右に母親らしき女性。

そのベッドの上では・・・まるで別人のような白い少女がいた。

一瞬死んだかと思ったが、命はあるようだ。胸が呼吸で上下している。

 「貴女は・・・?」

医師が私に尋ねてきた。

他人との会話はしたくないが、こういう場合はしないわけにはいかないだろう。

 「同級生の佐原です。・・彼女の容態は?」

 「もう緊迫する場はないはずです。ただ・・・意識が戻らないんですよ」

・・・なるほどな。

白井の”身体”の病は治せても”心”の病は治せなかったわけだ。

 私は白井の頬に手を触れた。

暖かい。

その綺麗な肌を、ひとすじの涙が伝った。

 「・・・ちゃん」

私だけでなく、医師や母親までもが白井の顔を覗き込んだ。

 「・・・耶苗ちゃん・・・ごめんね・・・」

目が、うっすらと開かれた。

同時に、白井の両目から涙が溢れ出した。

 「本当に・・・ごめんね・・・ごめんね・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」

このクマのついた目では、私がずっと待っていたことが簡単にわかるようだ。

 「約束・・・したのに・・・耶苗ちゃんがずっと待ってたのに・・・」

白井は、優しい。他人のことまで考えすぎだ。

それが彼女自身を苦しめている。酷なことだ。

 「ごめんね・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」

 「違う。”ごめん”は謝罪の言葉だ。今ここで使うべきではない」

白井は「え?」という表情になる。

 「お前は悪いことをしたのか?確かに私は数時間待った。しかしお前は倒れていたのだろう。
  ならば仕方ないことだ。お前が来ないのは心配したが、無事ならばそれに越すことはない。
  それでも気が引くのであれば・・・そうだな、”ありがとう”と言うべきだな」

きょとんとした表情で、白井は私を見つめる。

 「・・・ありがとう・・?」

 「そうだ。謝罪は言う方が苦になるだけだ。しかし”ありがとう”は違う。
  言うほう、言われるほう、ともにいい気分になれる。
  ・・・ようは心の持ちようだ。お前はそれが不器用なだけだ」

私は白井を見つめ、そして笑った。彼女をもう一度笑顔にさせたいから。

 「・・・友達の再会に”ごめん”は不似合いだろ?」

 「・・・」

・・・

 「・・・そう、だね」

白井も笑顔になった。まだ涙は流れているが、それも気の持ちよう。

さっきとは違う質の涙だろう。

 「耶苗ちゃん、ありがとう」

 

 

 私が病室を出るとき、白井が後ろから声をかけてきた。

 「・・・花火、見れなかったね」

それはそれで非常に残念そうだった。

しかし私は白井に向かってさらりと言った。

 「それなら・・・とくに問題はない」

 「え?」

首を傾げる白井を見た後、私は家に帰った。

・・・とにかく、眠かった。

 


 

 光。

閃光が空で弾ける。

美しくも激しい光の鼓動。

それを、私は下から見ていた。

 「花火、綺麗だね」

隣に座っている白井が言った。

私も素直に綺麗だと思う。この花火が。空が。地面が。地球が。

ちなみに、今は八月も後半に入っている。

私たちは時期の遅い隣町の夏祭りに来ていた。

 「これで問題ないだろ?」

私が白井にそう言ったとき、本当に喜んでくれた。

それだけで十分よかったと思う。

 「来年も、一緒に見ようね」

 「・・・ああ」

私も、だいぶ変わったものだ。

心に傷や障壁があったのは、白井だけではなかったのかもしれない。

これを”傷の舐め合い”というのかどうか・・・。まあ、二人とも回復へ向かったからいいか。

 「あ、見て見て!大きいのだよ!」

ドォン、ドォン

花火は美しく闇夜を照らす。

火薬が空へとび、一時期の美しさを見せて消えていく・・・

これを”花火”と名づけた人は天才だな、と今更ながらに思ったりする。

 「楽しいな」

 「楽しいね」

これでいい。

今、隣に白井がいて、一緒に花火を見ている・・・

それが嬉しかった。

 「白井」

 「耶苗ちゃん」

私たちは同時に向き合った。そして声を揃えて笑顔で言った。お互いに。

 

 「「ありがとう」」

 


 

後書き

これは暑中見舞い用に夏に書いたものです・・・

 

2002年、夏  著:鋳月  HP・・・http://wakazura.fc2web.com/

 

 

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