天然メイドの奉仕揚げ修羅場風味(後)


 数日後――


「しかし、このままじゃいかんよな……」
「何がですの?」
「修羅場モードになった後だよ。お互い自分の事にかかりきりになるし、睡眠や食事を
当たり前のように削るから、この前のこみパの時みたいにぎりぎりの精神状態で臨んで、
失敗を生む事になる……そういうこと」
「確かに、ムシのいい話ですけど、いざ修羅場という時に救いの手を差し伸べてくれる
ような存在が欲しいですの……」





                修羅に落ち
                        修羅となりにし
                                わが眼にも――
                袖濡らしむる
                        光あるとは――





「またあなたですのね! 姿を現しなさいですの!」
 誰何の声すら上げずに相手を特定したすばるは、相手を呼びつける。

『まあせっかちサんでスね、御影さん。そんなに急いでいると早くフケまスよ?』
「巨大なお世話ですの!!」
 何故か、会う度に口論になる二人。

 そして、いつも通りの桜吹雪の後、現れたのは大志の妹、九品仏桜だ。

「アラ、やっぱり一度出演ると、同じ描写は省略されてしまうのでスね」
 桜は明後日の方向を向いて言う。
「どこに向いて誰に言ってんだ……?」
 謎だ。

「そんな事より、今日は何の用ですの?」
「先ほどの会話を一部始終聞いておりまシたら、居ても立ってもいられズ、私にできる
事を模索しておりまシた……あ、もちろん同志カズキ君のため“だけ”にでスよ?」
 すばるの目を見て、気持ち悪いくらいに爽やかな笑顔で答える桜。
 すばるのこめかみに青筋が1本、2本とまた増えていく。

「あ、ああ、桜、ええっとそれで、何かいい考えは思いついたのか?」
「ご奉仕でス」
『は?』
 すばると同時に反応。

「回りくどい表現をぶっこ抜いて直球ストレートで言えばメイドさんでス」
「め、メイド?」

 桜は兄譲りの仕種でメガネのブリッジをくいっと押し上げ、語り始める。
「同志カズキ君の悩みの根本は、自分が一つの事に係り切りになり、自分の食事や身の
周りの世話にまで気を回せなくなった時、誰も炊事洗濯その他の世話を手伝ってくれる
人が居ない事に起因するのでシょう? ならば、解決のためにはその世話をするが道理。
 カズキ君の部屋で同棲するのではなく、御影さんのご実家で同居してシまえば、起こ
りうるはずも無い問題なのでシょうが、それでは根本的に解決しないどころかカズキ君
がヒモになってしまいますシね。ならば、私が取れる策は限られまス」

「それが、ご奉仕――もとい、メイドだと」
「いかにも、でス」
 肯く桜。

「そ、そんな事認めるわけにはいかないですの!」
「まぁ、御影さんはカズキ君がどうなってもいイと? 朦朧とした意識のまま会場へと
向かう道中、駅で足を踏み外して電車に轢かれてもいイと? うっかり車道に転んで車
に轢かれてもいイと? うっかり余所見運転中の中坊の自転車に轢かれてもいイと?」
 口早にまくし立てる桜。なんか、轢かれ方がやけに具体的なのは気のせいか?
ていうか轢死確定なんか、俺は。それに最後のは何? 中坊?

「アア、なんとも嘆かわシい! 本来なら同志カズキ君の伴侶として、いの一番にその
身を案じなければならない立場にいるような方がなんということ……」
「そ、そんな事を言っているんじゃないですの! ただ、あたしは……」
「ではこういたしまシょう! どうゾ、お入りになって下さいまし」
 すばるの科白を聞き終わるより先に――というより態と最初から聞き流していた桜は、
ぱんぱん、と手を叩いて誰かを招き入れた。

「こんにちは、和樹さん」
ど、どうも……こん、にちは……
 対称的な態度で表れた2人の女性。それは……


「み、南さん? 彩ちゃん?」
 そう、桜の合図で現れた2人の女性。その2人とは、誰あろう、南さんと彩ちゃんだ
ったのだ。それだけならまだしも、2人が身に纏っているその服は……その服は……!

「な、なぜにメイド服なんです?」
「桜ちゃんに頼まれたんですよ。『これを着てカズキ君の家に行くと、面白いことが起
こるんでス』と言われて。何やら楽しげだったので乗ってしまいました♪」

「♪、じゃないすよ……南さん。ところで、彩ちゃんは? なぜ此処に?」
え、えっと……、せ、千堂さんが一大事だ、てその子から……
 つまりは体よく――よくはないが――騙された訳ね。
 事情を大体把握したところで、俺は2人の恰好をもう一度眺めてみた。
 南さん。
 標準的な紺色で、生足の映えるミニタイプメイド服。さらに胸寄せエプロンを装着し、
決して小さくなどない胸を更に強調する恰好だ。頭には当然の如くフリル付きカチュー
シャが装備されている。

 彩ちゃん。
 こちらは深緑の別珍生地の、ロングワンピースタイプだ。生地ならではの見た目に加
え、パフスリーブのゆったりさも、非常に柔らかそうでやさしい雰囲気がする。
エプロンは、さすがに南さんのと違い、胸から膝辺りまで覆う、白いフリル付きのエプ
ロンだ。なんとなくだが、古い洋館で窓を拭いていそうなイメージのあるメイド服である。

 一瞬、着る年齢が正反対だろ、というツッコミが喉の奥を突いたが、口には出さなか
った。出していたら、地獄よりも恐ろしい絵図が展開されただろうから。

「素晴らしい着こなしでス、お二人とも。私の見込んだとおりでシた」
 ぽん、と手を合わせて笑顔の桜。

「て、桜までいつの間に着替えてんの!」

 桜は、いつもの袴姿から、和服着物姿にチェンジしていた。白の単に黒褐色(琥珀色)
の袷を纏い、その上から割烹着を身に着けている。いわゆる和のメイドさん姿だ。
桜の花びらを模した桜色のリボンも付け替え、藍色のリボンを蝶型にしている。

 髪型を除いて、どこかで見た姿なような気もしたが、敢えて気にしないでおいた。
 気にしちゃ駄目だな、うん。
 すばるがこっちを睨んでるし……。



「ではいきなり第1回、千堂和樹争奪メイドさんバトルロイヤル、開催ーーーーー!!」

『ええええええええっ!!?』

「か、かかか和樹さんを争奪って、どういう意味ですのーーー!!」
「あなたは莫迦でスか? それこそ読んで字の如くニ決まっていまスでしょう?」
「なっ!! 和樹さんは、和樹さんは……あ、あた――」
「正確には、修羅場中のお世話は誰がスる? バトルでスが」


 こけ


「桜、それ読んで字の如くじゃない」
「あら、それは失敬。……ところで御影さん、何転んでるんでスか?」


「まぁ、それは“どうでもいい”でス。では牧村南VS長谷部彩、チキチキ料理10番
ショーーーーーーーブ!!」

「料理?」
「てかチキチキって――」


『そのとおり! 修羅場中、最も疎かになるものは何か。――それは食!!
人は何故に食を断つのか? それは人間の根源的欲求の中でも、心理的に容易に、また
殊更に長時間、理性による我慢が利くものだからである! 過去、幾人もの仏教徒が悟
りを開くための願掛けとして断食を選び、庵にこもったという事実は、その事を端的に
示す好例と言えよう!
 さあ、同志和樹よ、貴様の事を憎からず思っている婦女子達の厚意(好意)を、無碍
に断ることが、漢としてできようか? いやできまい!!』



「今の声、どこから響いてきた?」
「さすがお兄様、同志カズキ君の事をいつでも見守ってらっシゃるのでスね……。
桜も頑張りまス、お兄様!」
「頑張らんでいいから……」


「それはともかく、勝負開始でス。牧村さんと長谷部さんには、各々の得意とする、修
羅場向けのスタミナ手料理を作っていただきまス。10番といいまシたが、一方のレパ
ートリーが尽きた時点で、勝負終了ということデ」
「結局そうなるのか……」

 そして、料理勝負開始――


 勝負と名は付いていても、実際作る側にしてみれば、料理を作るという事実には変わ
りはない訳で。
 南さんと彩ちゃんは、真剣な表情で各々の料理を進めている。
 桜に半ば強制的に――というより強制そのもの――呼ばれ、作らされているとはいえ、
俺のために真剣な表情で作ってくれているというのは、素直に嬉しかった。



「さっぱり味にも卵のまろやかさ、ニラも入ってスタミナOK、ニラ玉のできあがりです♪」
 南さんの料理が先に出来上がったらしい。初めて南さんの手料理なるものを見たが、
凄く綺麗な出来栄えだ。手馴れていないと出来ない事だろう。
……できました
 彩ちゃんも出来上がったらしい。小ぶりの飯茶碗にご飯が盛られ、おかずの皿には牛肉
と、刻み唐辛子と和えられた野菜。何気なくみえて、その実、非常に食欲を刺激してく
れる香りだ。
 もちろん、今の料理は、俺とすばるの二人分用意されている。


『いただきます(ですの)』

 ぱくっ


「このニラ玉美味しいですの〜」
「私のお里の、“お袋の味”ですから」

どう……ですか……?
「もぐもぐ……うん、少し辛味が強いけど、それが逆に食欲をそそるよ」
塩味や辛味は……味覚に働きかけて食欲を増進させるから……。
塩おにぎりが美味しいと感じられるのと一緒で……おかずを塩辛いものにすると、普通
よりご飯が進むから……

 なるほど、食材で直接的にスタミナをつけるんじゃなくて、食欲を増進させて短い
時間に大量に食べる事で、結果的にスタミナをつけよう、という事か。
 画材の説明の時もそうだが、彩ちゃんは自身の得意分野に関しては割と饒舌になるコ、
みたいだな。

	・
	・
	・

  <試食中>

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	・

「では一番勝負ノ勝敗は?」

「彩ちゃんで」「南さんですの」
 見事に食い違った。

「何と、引き分けでスか。それでは、さくさくと2番勝負に参りまシょう!」


	・
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	・
	・
	・

「では二番勝負ノ勝敗は?」

「南さんで」「彩さんですの」
 またもや見事に食い違った。

	・
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	・

「では三番勝負ノ勝敗――」

	・
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	・



 結局、5番目に突入しようとするところで俺が強制終了をかけた。

「だーーーーーーーーーーーーっ!!! キリがねぇーーーーーーーーっ!!」
 旨いものを喰えるのは幸福極まりないが、こうも有り難味が薄れていくのは問題だ。
――ってそういう問題ですらない。このままでは、桜のペースではないか。

「はっ!! ついつい美味しいものの誘惑に釣られてしまっていましたの!!」
 ようやくすばるも“桜ワールド”から帰還してきたらしい。
「戻ってきてはなりまセん、二人とも。長谷部さん、奥義、“あーんして”の術でス!」
「(コクッ)か、和樹さん……、わ、わたしが食べさせてあげます……
 先ほど作った韓国風キムチ丼を一口分、箸でつまむと、彩ちゃんは俺に差し出してくる。

「って、彩ちゃんも戻ってきなさいって!!」
 彩ちゃんの見せた反則的に可愛らしい仕種に、思わず顎が開きかけたが、鋼の精神力
でもってそれを何とか踏み止まらせる。

「(ハッ)……わ、わたしったら……
 なんてはしたない事を、とメイドさん的お約束の科白を宣う彩ちゃん。
正気に戻ったというより寧ろ、役に更に深く浸っていったような……。
「あらあら、結構面白かったのに」
「まったくでス」

 南さんは最初から正気……って、やっぱ桜と共謀してたんですか。


「まったく、すばるをからかうのも程ほどにしてくださいよ、南さん。それに桜も」

「私はからかってなど欠片も思ってないでスが」
「そこが問題なんだってば」


 まあ、まだ色々と問題も残ってはいるが、とりあえず空気は落ち着いたか……な――


「よーーー! 和樹ぃっ!!!」
「どわあああああああああああっ!!?」
 いきなり気配すら感じさせず、由宇が出現。思わずたじろぐ。

「スの字おらんか? 家訪ねてもおらんから、どうせここやろ思てきたんやが――」
 と、由宇の台詞が止まる。由宇の視線は先ほどの部屋の中へ向けられている。

 キリキリキリキリ、と首だけまわしてこちらに向く由宇。
 俺の目には、由宇の口から蛇の舌が出ているように見えた。
「なんやなんや和樹ぃ? スの字だけで満足できへんようになってんか〜? こないな
きれいどこを、しかもメイド服姿やなんてマニアックやな〜」
「まったくでス」

 しれっと言い放つ桜。

「って、なんで桜まで?」


「ちょおふけつーーーっ!!」
「だあああああああああああああっ!!!」
 今度は詠美乱入。驚くより寧ろ呆れる俺。

「か、彼女がいるくせにいっぱい女のこ連れ込んで……えと、(ごにょごにょ)……ふ、
ふ、ふみゅ……」
 何を考えたか、顔全体が真っ赤になる詠美。

「へ、ヘンタイポチき! ふみゅ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」
「こ、こら詠美! ヘンタイって何だ? 訂正していけーーーっ!!」
 既に豆粒。


「バ和樹ぃっ!! 何女の子泣かしてんのよ!?」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ……」
 反応する気力さえ萎えてしまう。

	・
	・
	・
	・

「……なぁ桜、このあまりにもよすぎるタイミング、お前が仕組んだんじゃないよな?」
「何を今サら」
「そうだよな……疑って悪か――“何を今更”ァ?」

「あらあら、ばれてしまいましたね」
「南さん? っと、それより今は桜の方だ。
 桜、どうしてこんなめんどくさいこと考えた?」

「……全ては同志カズキ君のためでス」
「俺の……ため?」
 いつも通り、兄譲りの論点はぐらかしトークが始まるかと思ったところにいきなり
しおらしい態度をとられてしまい、言葉につまる。

「ソう、カズキ君に、忘れてほシくなかったから」
「忘れるって……?」
「同志の存在を、でス」
 ぎゅ、と桜はお盆を胸に抱きしめる。

「同志……由宇や詠美、彩ちゃんたちのことか」
「そう、それに同志カズキ君が漫画を描くために、陰に陽に協力をしてくれる皆サんの事。
御影さんがいまスから、男と女の関係には、皆サん一歩引いた関係にならざるを得まセん
が、“漫画描き”としてなら――きっと。カズキ君が望むならばきっと、力になることを
惜しんだりしまセん。カズキ君には、それを知っていてほしかった――」


「桜…………」
 じ、と桜の双眸を凝視する。

「本音は?」
「同志カズキ君と御影さんを玩ぶために決まってるじゃないでスか」
桜ァーーーーーーーーーーーーー!!!

 兄妹はどこまでいっても兄妹なのだ。

 今更、そう悟った。







 
 
 
 
 
 
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