南さんに花束を
                   Written by Ranke












		――長野の某県立高校――



 放課後――

 殆ど生徒の姿の見えなくなった廊下に、けたたましい音を響かせながら走る姿があった。
学校指定のブレザーにプリーツスカート、手提鞄。上履きの指定は無いので革靴。短めに
揃えたソックスと、模範的な女子生徒の出で立ちだ。
 小顔に不釣合いな、大きめの眼鏡をかけたその女子生徒は、うなじの辺りで結っている
尻尾のようなおさげを揺らし、息を切らしながら走っている。別に、何かから逃げている
わけではなく、歴とした目的の場所へ向かってはいるのだが、遅れてしまいそう――とい
った面持ちだ。

 そして――

 がたーんっ!!

「遅れましたーっ、すみません、先輩!」
 これまたその階中に轟かんばかりの音を響かせて扉を開け放った女子生徒は、部屋の中
にいる先客の女子生徒に、開口一番そう叫んだ。

「すみません、掃除が長引いちゃって、それで――、この前『遅刻しない』って約束した
ばかりなのに、私ったら――!!」
「はいはい、もういいから。落ち着きなさい、南」
 彼女――南――が先輩と呼んだ相手は、その言葉は耳タコだ、と言うように遮る。別に
南が遅刻の常習者と言うわけではない。彼女の『この前』とは、およそ半年前の事を指し、
それでも尚且つ自分を責める生真面目さに、怒る気にもならないのでもういい、という事
である。

 他にも、先輩が南を頭ごなしに怒れない理由もあるのだが、それは別の話である。




 先輩――澤田 真紀子(3年生)――は、南――牧村 南(2年生)――に指示を出し
ながら、原稿の執筆を再開した。2人はこの高校の漫研――漫画研究会――の、たった二
人の部員である。真紀子が立ち上げてから2年弱、南が昨年入部してから、新規入部は一
人もいない。

 真紀子がネームの前のネタ出し、南が練習用原稿にベタ塗りをしながら、黙々と時を過
ごす事およそ一時間。煮詰まったのか、鉛筆を置き、雑多に書きなぐられた紙から顔を上
げて、真紀子が口を開く。

「ねぇ南、あなた、誕生日いつだったかしら」
 何の気なしに話題を振る真紀子。南は練習の手を止めてから筆をそっと置き、

「誕生日は、5月の7日ですけど……。それが何か?」
 と、きょとんとした表情で答える南。

「いえまぁ、ちょっと今考えてるネタが少し煮詰まっちゃってね。気分転換気分転換。
……って、5月7日って、もう明日じゃない。早く言いなさいよ、そう言う事は」
 今日は黄金週間明けの6日、火曜日。

「え? え? いえ、訊かれませんでしたし。さっきまで」
「ったく、あなたって本当に損なのか得なのかよく判らない性格してるわね」
 南らしい、と言えばらしい答えに、軽く溜息をつく真紀子。

「まぁいいわ。お祝いに、明日の帰りにお茶とケーキを奢るわね」
「え? そんな、悪いですよ。私、先輩に何もしてないのに……」
 心から負い目を感じたような表情で遠慮しようとする南。だが、真紀子がそれを遮る。

「南、即物的な見返りや恩義を求めない間柄、それが本来の意味の信頼関係であり、仲間
と言えるのよ。こういう時、貴女が取るべき言動はそうではないわ、ね?」
 と、いつもの皮肉げな笑みの中に、どこか温かみを含んだ微笑を南に向ける。
 南は、真紀子の真意と、自分への信頼の厚さに、やや照れながらも感動した。

「……はい。それじゃ、ありがたくいただきます。楽しみにしてますね」
 と、こちらも柔らかく微笑む南。

 幾分、まったりとした雰囲気が場を支配した。

 と――

「あ!!」
 前触れ無く、真紀子が叫ぶ。

「ど、どうしたんですか先輩?」
「ネタが浮かんだわ! メモメモ!!」
 と、鉛筆を握りなおして机に向き直る真紀子。

 南は、そんな先輩の姿にくすり、と小さく微笑んだ後、自分も練習に戻るべく、筆を手
にとった。











 翌日――



 いつも通り、南は漫研の部室に向かっていた。
 職員室の隣に、何故か存在する空き部屋を利用しての部室である故、元々生徒の出入り
の少ない場所だ。主に授業を受ける教室がある棟から向かい合わせの位置関係にある為、
出入りの少なさは確認済みである。

 だが、今日に限ってはいつもと違っていた。南が休憩時間中に見た光景は、職員室の辺
りに群がる黒山の人だかりであった。確かめに行こうかとは彼女も考えたが、元々野次馬
根性は彼女にはなく、何より“黒山”と表現するような状況では、近づく事も困難であっ
たし、何より彼女の身が危なかっただろう。

 今日の異様な光景を思い出しながら、南は職員室前の廊下を歩く。
 そして――


 その昼間の異様な光景の中心地・漫研部室の扉を前に、南は生唾を飲み込んだ。

 そして、取っ手に手をかけ、静かに戸を開いた――
「今日は、先輩――って、ええ!?」
 瞬間に目を丸くした。


 扉を開けた直後に目に入ったのは、色とりどりの包装紙に包まれた、如何にもこれは
プレゼントです、と自己主張するような大小の箱、小さなものは手の平サイズから、果て
は1メートルサイズのぬいぐるみ、チョコレートやクッキー、キャンデーの詰まった袋や
缶など、パッと見だけでも10や20は下らない数の品だった。


「こ、これは……。先輩?」
 真紀子の姿が見えなかった事を思い出し、彼女を呼ぶ。

「……ここにいるわよ……」
 と、プレゼントの山の陰から、真紀子が姿を現す。あからさまに疲れたような、うんざ
りとした表情である。
 南は、苦笑いする事も出来ず、只々唖然とするばかりであった。





 このままでは活動が出来ないので、取り敢えず片付けも含めて、プレゼントの開封や
メッセージの確認を始める二人。

「えっと……『I Love Minami』? ストレートで捻りが無いわね。中学生みたい。
こっちは……『ずっと君だけを見てました』? 嘘言いなさいよ。本当にそうなら、教室
だけじゃなくて漫研にもついてきなさいってのよね」
 と、メッセージカードの批評をする真紀子。かなり悪意が篭もっている。
 (※良い子は真似しないでね)

「このチョコレートケーキ、凄く高そうですね。こんなの買えるんだ、羨ましいですね〜。
あ、こっちのクッキー、外国のですね。どうやって手に入れたんでしょう?」
 と、かなりプレゼントとは的外れな感想の南。今の南の心理を台詞に直すと――


  『これで当分、部のお茶請けに困らないですね』
 であった。発想もかなり的外れだった。


「何よこれ、カッコつけてる割にこの指輪の宝石、ガラスじゃない。こんな中途半端な物
贈るなんて多寡が知れてるわね。
 ……あら? この真珠も安物。こういう安物やコピーの宝石類って、本人を目の前にし
て、自分がどれだけ真剣かを言葉と態度で示して相手をノせてから、その場の勢いで手渡
してこそ価値の上がるものでしょうに……贈った人間の人となりが知れるわね」
 大き目の箱の開封を終え、小さい箱の開封を始めた真紀子。指輪やネックレスなどの装
飾品類が多かったが、その殆どが模造品のようなものだったので、さっきよりも辛辣に、
漫画文法による効果的な手渡しのタイミングの説明も交えながら、バッサリと斬り捨てる。

「小さなクマさんは持って帰れますけど、大きなのは流石に難しいですね……。デッサン
用の素材にしてしまいましょうか?」

 真紀子は不図、手近にあった箱を手に取った途端、思い切り顔を顰めた。
その箱が、見過ごせというのがどだいムリな程に悪趣味に煌びやかな包装だったからである。

「何これ? 女性用下着(ランジェリー)? カードにはご丁寧に本人の名前と学年・クラス・番号も……。
メッセージは……『これを着て、僕の目の前に立ってくれたら、ハァハァ(;´д`)』……」

 珍しく批評を挟まず、メッセージカードを差出人の名前の部分だけ残して破り捨て、箱
を強引に屑篭に押し込んでから、次の箱を掴む真紀子。


 ――2日後、とある男子生徒が全治2ヶ月の重傷を負って入院したが、犯人については
被害者からの証言も含めて、謎のまま残ったという――


「まともなプレゼントの方が少ないじゃない。一体どういう知り合い持ってるのよ」
 確認した28個のプレゼントを開封した結果、普段、女の子どころか人と付き合う事も
してないんじゃないかと思うような非常識なプレゼントが過半数だった。

「全員、今のクラスと1年生の時のクラスメートですから、見知ってはいるんですけど……
プレゼントを貰うような事はした覚えは――」
 流石に困惑の表情の南。プレゼントの出所はわかっても、その理由に思い当たらない
らしい。

 すると、真紀子が南の様子から大体の事情を察した。

「成る程、解ったわ……」
 解ってもちっとも嬉しくない、といった様子の真紀子。

 真紀子が類推した背景はこうである。
 南は、無償で、しかも無意識に人の手助けをするような娘だ。例えば、転んだ時、傷テ
ープを貼ってくれたとか、ハンカチを貸してくれたとか、宿題のノートを貸してくれたとか
……etc 南自身に他意など勿論無く、単なる“情は人の為ならず”的精神の発露でしかない
のだが、それを愛情表現と勘違いしたバカ共が、今回の事態を巻き起こした……といった所
であろう。

「お返しに困りますねぇ。これだけ数があると……」
 さらりと南が恐ろしい事を言う。

「南、もうプレゼントの事は忘れなさい」
 事態を今日より悪化させる事も、何より来年は一人になる大切な後輩の、苦労する姿を
考えたくない真紀子は、即座に南に待ったをかけた。
 南は渋ったが、真紀子の懸命且つ強引とも思える説得に折れる形で、この話題にピリオド
を打つ事になった。

 その後、この一件は“5・7事件”と真紀子に命名され、真紀子が卒業するまでの約一
年間の間、“誕生日”、“プレゼント”等の話題は真紀子の前ではタブーとなった。

 謎の重傷を負って入院した男子の噂も口伝てで広まり、震え上がったその他大勢は、
暗黙の了解の内に、今後の南へのプレゼントの中止を決定したと言う。













 そして、それから数年後――





「はぁ、そんな事が……」
 カウンターの席に座り、コーヒーカップを傾けながら、端正な顔立ちの青年――千堂和樹
――が呟く。漫画であれば、その顔には大きな冷や汗マークがある事だろう。

「いや〜、そんな事もあったねぇ」
 と、この喫茶店のマスターらしき男性が、昔を懐かしむように呟く。

「あったねぇ、で済むような気安いもんじゃないわよ、あれは。あの一件の事後処理に、
どれだけ苦労したと思ってるのよ」
 当時の苦労を思い出したのか、苦い顔になる真紀子。

 南の個人主催のCジェネ1(※1)も滞りなく終了し、今日は5月7日。和樹は、愛する妻の誕
生日と、念願の即売会の成功祝いも兼ねて、地元長野のとある喫茶店――南の元同級生で
クラスメートだった男がマスターをしている――を借り、由宇、詠美、彩、すばる、そし
て真紀子と共に、南の来訪を待っていた。
 そんな中、何気なく振った誕生日の話題が、先の回想シーンへと繋がったわけである。
「ナハハ、何気にオモロいことしとったんやな、牧やんに編集長も」
 お祭好きの由宇らしい感想だ。南の代わりに由宇だったら、過去の事件もカドが立たな
かったかも知れないが、由宇ならばカドが立つ以前にプレゼントも来なかったろう。

「いいなぁ、南さん。そんな風におばかなヤツからでもプレゼント貰えて……」
 友達皆無の高校生時代のトラウマが蘇り、いきなり鬱になる詠美。他人をおばかと言え
るだけの常識は身に付けたらしい。

「………………(ノーコメント)」
 ずずーっとコーヒーカップを傾ける彩。相変わらず存在感が薄い。

「やっぱり南さんは凄い人ですのね。私も見習いたいですの」
 字面だけは模範的なコメントのすばる。
 因みに、二十歳を過ぎてのゴシックロリータは流石に不味いと自覚したのか、今のすばる
はシックな雰囲気漂う、シンプルなロングのワンピースに、薄手のカーディガンという
出で立ちである。髪の毛も後ろで縛っていたため、かつての彼女しか知らなかった和樹が、
即売会場で再会して暫くの間、すばるだと気付かなかったというのはまた別の話である。


「和樹クンみたいなのがあの時にいてくれたら、私も自分の手を汚さずにすんだのにねぇ」
 しみじみと呟く真紀子。何気に聞き捨てならない単語が混じっていた気がするが、その
場にいた者たちは誰も突っ込まなかった。



 そして――


「ごめんなさーい、みなさん、待たせちゃいましたかー?」
 息を切らせながら、扉のベルけたたましく響かせて入ってきたのは、誰あろう、牧村南
であった。待ち人来る、である。
 以前より短めに纏めた髪、この歳になってもまだ衰えない、若々しさと言うより幼さの
溢れる瑞々しげな容貌。落ち着いた、穏やかな雰囲気のファッションセンスも未だ健在だ。
やはり、何年経っても南は南であった。

「あら? どうしたんです? 皆黙っちゃって……」
 先程の真紀子の言葉にフリーズさせられていた一同は、反応が1テンポ遅れていた。

「……あ、南、待ってたよ」
 と、いち早く復帰してきた和樹。
「おー牧やん、皆もう準備できとるで〜」
「南さん、早くきて座りなよー」
「和樹さんの隣へどうぞですの〜」
 と、次々に復帰する一同。

「…………………………」
 やはり、ここでも彩の存在感は薄かった。





「では、元こみパ関係者のオフ会兼Cジェネ1の打ち上げ兼、そして密かに南の誕生日を
祝して……乾杯!」

『カンパーイ!!』
 真紀子の音頭取りで、乾杯が行われた。南に任せると、いつまでも乾杯できないからで
ある(※2)


 アルコールは入らないものの、その後は懐かしさと新鮮さ、両方が手伝い、昔の仲間と
大いに語らい、談笑した。


 そして、数時間後――

「流石にウチらも、ホテルに戻らないかん時間やな」
「あ、ホントだ。何だかあっという間だったよー」
……楽しい時間は、すぐ過ぎますから……
「そうですね。お名残惜しいですけど、ここは一先ず、お開きですの」
 ここで、4人がホテルへの帰路に就いた。和樹は迷った末、真紀子の『南と話しておき
たい事がある』という言葉に従い、店の外の自家用車にて待機することにした。














「マスター、紅茶とチーズケーキ、二人分ね」
「かしこまりました。ふふっ」
 マスターは真紀子の真意を読み、微笑む。
 南はきょとんとした表情だ。

 数分後、注文の品がカウンターに、真紀子と南の前に置かれた。
 置くなり、マスターは店の奥に引っ込んでいった。




「先輩?」
「10年前の、約束。あの時は、なんだかんだでうやむやになっちゃった……というか
私がそうしちゃったでしょ? だから――10年越しの、ささやかな誕生日を、てね」

「先輩……」
 小さく微笑みを浮かべる南。

「今と、そして17歳の南へ。
  『ハッピー・バースデー、南。私のかわいい、オ・バ・カ・さん』」
 気恥ずかしさに頬を染め、お祝いを述べてから思わずはにかむ真紀子。



 そんな真紀子に南は――



「ありがとうございます、先・輩」

 と、にっこり笑った。






fin

















執筆後記(あとがき)

 脱臭剤を頭からかぶりたい心境です。脱稿直後。
では、気を取り直してコメントをば。

 ――あ、今回のタイトルに関してはツッコミなしよ?



・ぶっちゃけた話、この話は以前投稿した『いまもむかしもあのひとは』の
設定を共有した続編です。ネタ切れってヤツっすよ。最低だね、自分。

・よくよく考えてみれば、DC版しかプレイしてない読者の事考えてないし。
 最悪だね、自分

・しかも、終盤に出てきた喫茶店のマスター(元同級生という設定)、存在や
設定そのものも、自分が一方的に先生と仰ぐお方の南さんSSから拝借した(勿論無断で)
ものです。極悪だね、自分。
・『誕生日SSだからと言って、ストーリー性皆無な萌えSSにしない』をコンセプト&
ポリシーにおいて書いたものの、はたしてどこまで実現できたものやら……。
 あとがきのネタも尽きてんじゃん、終わってるね♪、自分。


――おっと、忘れるところでした。




南さん、誕生日おめでとう!!(シメ)









てなわけで、“南さん萌え〜”を自称するそこのお兄さん、また他の娘萌えの
旦那様、この話を読んで少しでも思うところあらば、こちらまで、
どしどし感想をお寄せくださいね。
新作に限らず、これまでに投稿した旧作への感想も、ぜひ。


        真剣に、待ってます!! (マジで)

 
 
 
 
 
 
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